2000年初夏(初冬?)

オーストラリア・Gold Coast City Marathon

其の2「Beach Running 2000/汐風をきる前半」

 2000年6月25日、朝6時50分。スタート地点に立つ。空がかなり白んできた。ゴールドコーストの夜明け。季節は真冬だけど、やや肌寒い程度。気温は10度くらいか。体が震えてくるのを感じる。周りを見渡してみる。日本のレースのスタート前とは明らかに雰囲気が違う。当たり前だけど、殆どの人が外国人。みんな和気あいあいとしている。これから楽しいお祭りが始まる、それを大の大人達がワクワクしながら待っている、そんな感じだ。日本だと、スタート前は「さあ、勝負の始まりだ!」、「今日は記録を狙ってやろう」、という感じで、気合の入った顔、ちょっと恐い顔が多いように思う。「走ること自体を楽しもう」そんな人たちの中に、今僕は立っている。この人たちと一緒に、これから、未知の距離「42.195km」のお祭りが始まる。長く楽しめそうだ。

 僕の今回の目標は、大前提として「完走」。さらに「歩かない」。もひとつ欲を出して「4時間を切る」。まあ最後のは、目標というよりは「希望」ですけど。目標達成のための作戦は、次の通り。@過去に走った経験のある20kmまでは、1km6分の少し押さえ気味のペースを維持A未知のゾーン20kmから先は、予測不可能。体と相談しながら、できれば同じペースを維持。世に言う「魔の30km」と遭遇してしまったら、「魔」の具合によって、辛ければペースダウンB最後の2.195kmは余力があろうがなかろうが、死にかけていようが、最後の力を振り絞り、ラストスパート。言うだけは簡単だ。

 7:00。朝の光が射し始める。眩しくなって、サングラスをかけた。そのとき、前方から大歓声があがった。どうやら先頭がスタートしたらしい。後方にいる僕たちも、ゾロゾロと歩き始める。スタートラインを越え、ストップウォッチを押す。いよいよ僕もスタートだ。

 最初は団子状態でうまく前に進めなかったが、1kmの表示を過ぎるころから、自分のペースで走れるようになる。体調はいい。足も軽く感じる。朝の澄んだ空気はおいしく、陽の光も心地いい。美しい木々に囲まれた別荘地の中を、快調に駆け抜ける。1km毎の距離表示も、見落としてしまうぐらい、あっという間にやってくる。2.5km毎の給水所もすぐに来た。5kmを過ぎたあたりで、最初の小さな折り返しがあり、その後コースは海岸線へと出る。どこまでも続くゴールドコーストの海岸線。海面が朝の太陽を反射して目に眩しい。依然、足は軽い。

 10km地点、快調に通過。時計を見る。スタートからの経過時間は55分。1km、5分30秒。普段10kmのレースを走るより、若干遅めのペースだ。予定よりは少し速すぎるかもしれない。「こんなに飛ばして大丈夫かな。後でツケが回ってくるのでは?…・でも、こんなに体調もよく快適に走れているのだ。おまけに青い空に青い海、こんなに景色もいいし、沿道の声援も暖かい。いけるところまで、このままのペースで行ってしまおう。魔の30kmが来るなら来ればいい。いや、魔の30kmなんて、本当は無いのかも知れない。……」青い空は、どこまでも高く、青い海は、どこまでも続く。

20km地点を通過、未知の距離に突入する。体調に殆ど変化はない。時計の表示は1時間50分。1km、5分30秒のペースを維持している。予定より10分も速い。「少しペースを落とした方がいいんじゃないかな。」 不安がよぎったが、美しい砂浜と青い空の中を駆け抜ける快感にかき消された。おりしも、20kmを通過したあたりから、ゴールドコーストの中心地にしてオーストラリア随一のリゾート地、サーファーズパラダイスに入っていく。沿道の応援は多くなり、いやが上にも気持ちは盛り上がる。「まだまだこのペースでいける。いや、なんか最後まで行けそうな気がしてきた…」そんな気持ちで、大量のアドレナリンとともに、僕はパラダイスビーチを駆け抜けていった。

・・・最後まで行けるはずなかったんだけどね。(後半へ続きます