2000年初夏(初冬?)

オーストラリア・Gold Coast City Marathon

其の3「Beach Running 2000/地獄の後半」

 前半、怖いくらいに快調なペースで飛ばしていた僕が、「ちょっとおかしいな」と、思い始めたのは、25kmの折り返し地点あたりだった。

 まず最初に感じた異変は、左の足首の痛み。「やっぱり、ちょっと飛ばしすぎだったようだ。少しペースを落とそう。まあ、このくらいの痛みならなんとかゴールまで持ってくれるだろう。」・・・・・・・このときの認識は、まだ甘かった。多少の違和感は感じていても、自分ではまだ力強く走れているつもりだった。折り返して再びサーファーズパラダイスを通過するときも、沿道の賑やかな声援が、再び僕に苦しさを忘れさせた。 

30km

 やがて30km地点を通過。時計を見て少し驚いた。2時間55分。20kmまでは10km55分のイーブンペースできていたのに、20kmからの10kmを1時間05分かかっていた。そんなにペースが落ちたつもりは無かったのに・・・・。ふと気づくと、さっきまで左の足首が痛かったはすなのに、今度は右足の膝が痛くなっている。いや違う、痛いのは右の足首か?いやいや、左足の親指の爪が、いや右のふくらはぎが・・・・・・・・・。って、下半身全部やん!

40km

 この頃になって、ようやく僕は、全身がかなりガタガタになっていることに気が付いた。きっと20km過ぎあたりから、序々に体に無理が出始めて、それなりの警告が出ていたんだろう。でも気持ちがハイになっていた僕はそれに気づかず、ペースダウンをしなかった。そのつけが一気にやって来たのだ。

 世間で言われる「30kmの壁」は本当に在った。そして、あまりにも突然に僕を襲った。31km、32km・・・・・・。自分でもはっきりと減速していくのを実感する。足が上がらない。最初の10kmにはあんなにすぐにやってきた1km毎の距離表示が、走っても走っても現れない。とても同じ1km間隔とは思えない。給水所も2.5kmおきのはずなのに、なかなか現れてくれない。「距離表示も給水所の間隔も、最初より長くなっているんじゃないか?」そんな筈はないんだが、そうとしか思えない。

「このまま走り続けたら、アキレス腱が切れるんじゃないか?膝のなんとか板が壊れるんじゃないか?いや、もしかしたら、脚が一生使えなくなるんじゃ・・・」根拠のない不安に襲われる。

 「4時間を切る」などという甘い目標は、捨てた。僕は朦朧としてくる意識の中で、目標を一つに絞った。それは「歩かない」こと。どんなに遅くなっても、どんなに時間がかかってもいい、とにかく「走る」。「歩かずにゴール」する。僕の残り10キロあまりは、「歩きたい」、「止まりたい」、「休みたい」、「ホテルに帰って寝たい」、そんな気持ちとの戦いだった。沿道のおっさんが椅子に座って、うまそうにビールを飲んでいる。「おっさん、頼むから替わってくれ。」 公園の噴水で水浴びしている犬が見える。「一瞬でもいいから交代してくれ、犬。」 ふらふらしながら、何とか前に進む。

 このあたりになると、周りには歩いている人がいっぱいいる。僕は歩いている全ての人たちを追い越していけるのだが、走っている全ての人に追い抜かれていく。つまり、「走っている」つもりの僕は、走る人の中では一番遅い人になっていたようだ。やがて、歩いてるんだか走ってるんだかわからない僕の目に「40km」の表示が写った。長い長い長い30km台がようやく終わる。時計を見る。この10kmに、実に1時間15分かかっていた。

 ラスト、2.195km。ゴールに向けての2kmに及ぶ最後の直線道路に出る。でも僕は、遠く道の彼方に、競技場が見えたことに、気づいていなかった。

「Hey!Hey!Japanese!」 意識朦朧として、足を引きずっていた僕は、沿道の大声に目を向けた。髭面のでっかいおっさんが、僕の走っている道の先を指しながら大きな身振り手振りで、僕に何か言っている。そのとき僕は、おっさんの言っていることをはっきり理解した。 「あそこを見ろ!あの遠くに見えるあれ、あれがお前のゴールだ!お前は今にも死にそうな走り方だが、とのかくあそこまで頑張れ!!」 鳥肌がたった。目がさめた。ふと顔を上げると遠くに競技場のゲートが霞んでいる。急に足の痛みが消え去った。何か熱いものが胸の奥の方からこみ上げてきた。「ついにここまで来た!あと少し、あそこまで走りきってやる!」

 後で思えば、おっさんの檄は勿論英語だったので、実際は何て言ってたのかはわからない。ふらふらな僕を見て馬鹿にして笑っていただけかもしれない。でも僕は、このおっさんの声援?を機に最後の力を出せたのは事実だった。涙が出たのも事実だった。

go----------al !!

自分で自分を誉めたい気分

 ゴール。長かった。ゴールラインを越えて、立ち止まり、大きく息をつく。4時間28分42秒。記録としては平凡。だけど、この距離を、この時間を走りきった。そのことの達成感が大きかった。

 しばらく、ゴールに帰ってくる他のランナー達を眺めていたが、いざ歩き出そうとして、僕は驚いた。まともに歩けないのだ。つい、そこまで、その3m手前にあるゴールラインまで、僕は曲がりなりにも「走って」きたのに。不思議だ。しかも猛烈に腹が減っていることにも気づいた。僕は一気に体に戻ってきた「全身筋肉痛」と「空腹感」に、なぜか心地よさを感じつつ、暖かなカレーライスと豚汁の待つ、ツアーテントへと「這いずって」いった。

 最初の21kmは楽しく快適で、後半の21kmは苦しくて痛くて辛かった。時間にすれば、前半が1時間50分、後半は2時間40分。スタートからゴールまでの大半を、僕は苦しんでいたわけだ。でも、ゴール後の僕の感想は、やっぱり「楽しかった」。また、絶対走ってしまう。次はニューヨークか?ホノルルか?マウイか?荒川か? どうして、こんな自分になってしまったんだろう。ね。