2000年初夏(初冬?)

オーストラリア・Gold Coast City Marathon

其の4「Beach Runners 2000/ゴールドコーストのランナー達」

 ゴールドコースト・シティー・マラソンは、メジャーな国際市民マラソン大会でありながら、フルマラソン参加者2000人足らず、ハーフや10kmラン、10kmウォークの全参加者を合わせても7000人ほどのアットホームな大会でした。それでも、世界中からランナー達が集い、みんな様々な個性を発揮しながら、一つのゴールを目指して走りました。自分自身が完走したことも大きな感動でしたが、それ以上に、そういったランナー達と出会い、その走りを共有できたことが、何よりの感動でした。

僕がゴールドコーストで、出会ったそんな素晴らしいランナー達を紹介させていただきます。


 市民マラソン大会には、「目立ちたがりや」がつきものだ。僕が今までに出た大会でも、必ずいた、仮装ランナー。着ぐるみ、マント、忍者装束。一番おもしろかったのは、ワイシャツにチノパン、肩にショルダーバッグをぶら下げ小脇に皮ジャンをかかえて、まるで朝、駅に急ぐ大学生のように、ゼッケンつけて走る兄ちゃん。日本にさえ、こんなランナーがたくさんいるのだ。陽気でお祭り好きなオージー達の集う、ここゴールドコーストは予想通りの強者揃いだった。

 スタート時点に僕の横にいた親父が、そもそも「変」だった。帽子の左側にオーストラリアの国旗、右側に自転車につけるラッパ(ゴムの球体がついていて握ると「パフパフ」と鳴るヤツ。昔、見かけたけど最近見たことない。)をつけて、スタート前から「パフパフ」鳴らしている。騒がしい割に、真面目そうな顔は無表情。そのギャップがまた、不気味。

 甲冑に身を固めたギリシャの戦士。「重たい、重たい」(但し英語で)と、うめきながら走っている。脱ぎ捨てれば楽なのに・・・・。戦士の誇りとしてそれはできないのか。

 赤ちゃんを乗せたベビーカーを押しながら走るお母さん。力強い綺麗な走りで、子供もスヤスヤ。一人で走ればサブスリーくらいの、本格的な市民ランナーに違いない。一方、今度は双子用の二台連結ベビーカーを押しながら走るお父さん。こちらは息があがってヘロヘロ。子供たちもギャーギャー大泣きしている。ガンバレ、お父さん。

 マラソン大会に出るといつも、自分と同じくらいのペースで、つかず離れず側にいるランナーが必ずいる。スタート直後くらいから、僕の近くにいたじいさん。明らかに酒に酔っていそうな赤ら顔。隣の人と大声でしゃべり続けている。しかもその話し相手は見ず知らずの人だったらしく、その後もたまたま隣にきた人にしゃべりかけては、がっはっは、と大笑いしている。腰にぶら下げたスペシャルドリンクは、その色からして、どうやらコーラらしい。ときおりそれを口に運んでは、あたりに響きわたるような大ゲップを繰り返す。僕は、西洋人は人前でゲップをしないものと思っていた。東洋人がゲップするのを見て「まあ、なんてお下劣ざんしょ」などという輩かと思っていた。彼を見る限り、どうも違うらしい。空になったコーラのボトルを投げ捨て、しばらく走ったじいさんは、突然コース脇の植え込みに飛び込み、ガサゴソしたあとまた飛び出てきた。なんと手には、真新しいコーラのボトルが!! 前日にコース上に追加コーラを仕込んでいたのか!? 僕は、「こんな酔っ払いでおしゃべりのゲップじいさん、まさかフルは走りきれるまい。まだ前半だから、僕と同じくらいのペースで走っているが、リタイヤも時間の問題や」と思っていた・・・・・・・。

 結局じいさんは同じペースで走りつづけた。30km付近でペースがガタ落ちした僕を尻目に遠く見えなくなってしまった。じいさんだけではない。パフパフのラッパおじさんも、甲冑戦士も、ベビーカーのお母さんもみんな、遠く前方に走り去っていった。みんな、仮装や独自のスタイルでフルマラソンを楽しんでいるけど、何よりもそれ以前にちゃんとした市民ランナー達だったのだ。

続いて日本人編。

 僕がゴールした後、しばらく他のランナーのゴールを眺めていたとき、奴はやってきた。茶髪でロンゲ。一見して軽薄サーファーな彼は、息も絶え絶え競技場に入ってきたが、ラスト100mを「うおぉぉぉぉーーーー!!雄たけびをあげながら、猛ダッシュ。ゴールするや鬼の形相で、「バカヤロー!こんなしんどいこと、二度とやるか!ふざけんな!」わめきちらす。ふと見るとゴール脇にタオル持って涙をボロボロ流す女の子が一人。「おかえりなさい」。思い切り彼女を抱きすくめた奴の目からも、水が溢れ出る。二人抱き合っていつまでも泣いていた。こっちも、もらい泣き。

  僕たちの参加したツアーで最年長の老夫婦、二人合わせて160歳。ふたり仲良くお揃いのナイキのジャージを着てツアー参加。ふたり仲良くコアラを抱いて記念撮影。ふたり仲良く10kmランに出場して1時間で仲良くゴール。コアラパークで「あれがワラビーです」と聞かされて、「へえ、ワラビは日本じゃ山菜なのにねえ、おじいさん。」なんて、かわいらしいボケをかましていたのもご愛嬌。こんな風に歳がとれたらいいと思う。

 一番印象に残ったのは72歳のおじいさん。しかめ面で、大声で訳分からないことばかり言う。飲み物はこぼす。道でつまずく。フルマラソンにエントリーしているらしいけど、危なっかしくて「本当に大丈夫?」と思っていた。レーススタート。前半調子の良かった僕は、快適なペースで中間点を折り返した。そこから数キロ、25kmあたりだろうか。僕は折り返し点に向かうおじいさんとすれ違った。驚いた。「じいさん早いやん。」僕と数キロしか差が無い。何より僕の心を強くとらえたのは、おじいさんの表情だった。あんなにしかめ面しか見せなかったおじいさんが、なんともいえない幸せな微笑みをたたえて走っているのだ。目は子供のようにキラキラと輝き、軽やかに軽やかに。マラソンってすごい。72歳のおじいさんをあそこまで恍惚とさせられるなんて・・・・。感激した。


 この話には、オチがある。おじいさんは幸せに走っているだけではなく、速かった。少なくとも僕よりも。自分のペースを知っていたか、知らなかったか、その差だった。おじいさんは、イーブンペースで走ってフルを3時間55分。4時間半でゴールした僕を、カレーと豚汁食いながら待っていた。後で聞くと、毎日14kmは知っているとのことだった。つわものだ。

 やっぱりマラソンは、すごい。奥が深い。年齢に関係なく進化がある。理屈ではない喜びがある。目指せ、サブフォー、おじいさんに続け!

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