夢の頂き Cumbre Sonada  倉庫

油彩 キャンバス ミクストメディア 130×162+162

 メキシコはタスコと言う町に5年住んでいた。
 この町は70年ほど前、画家の北川民次が地元の子供たちに絵を教えていたところである。
 山間の小さな田舎町なので、今でもお年寄りのメキシコ人は「ああ、セニョール・キタカワか」と覚えている人がいる。実際、彼に絵を習い画家となった老人にも出会った。私は特に北川民次が好きで、選んでこの町に住みついたというわけではなく、全くの偶然で同じ町に住むようになったのだが、これまた、まったくの偶然で民次が絵を描いた場所に住む機会を得た。
 民次のその絵は『夢の谷』という風景画で、町のはずれにある小高い丘から谷間の山並みを描いたものだ。まさに民次はこの場所に立ってこの絵を描いたのであろうと思われる位置に、今では家が建ち、その一軒を借りて4ヶ月ほど住んでいた。民次が描いた雄大なパノラマ風景を毎日見ながら暮らすという、なんとも贅沢な日々を送ることができた。
 今、日本で制作をするなかで「よし、メキシコを描こう」とすると、どうしてもこの風景が出てくる。
 民次の絵と比較されるのは嬉しくないが、あえて私は『夢の谷』と同じ構図でこの風景を描いてみようと思う。
 この10年くらい抽象画を描いている私から、どんな『夢の谷』が出てくるのか一種の試みとして、そして民次がその場所に立ちその風景を感じたように、私もその風景を感じて過してきた証として、描いてみようと思う。
 この場所の地名はCumbre Sonada(クンブレ、ソニァーダ)といい、直訳では『夢の頂き』である。土地の人もこの風景から何かを感じて、このような名にしたのだろう。広がるパノラマ風景を言い当てた美しい名である。
 私の絵も地元の人に習ってCumbre Sonadaという題名にしようと思う。

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