スペインの祭り

               # 油彩 キャンバス ミクストミディア  460mm×530mm

 「スペインの祭り」というタイトルだが、実はこれはメキシコの絵。私が住んでいた人口2万弱の小さな田舎町で行われているもの。そこでは教会などが主催する大きな祭りには「トレート」と呼ばれるイベントが欠かせない。
 それは竹ひごと紙で作られた牛の張りぼてで、仕掛花火や爆竹をたくさん積み込み、火傷を恐れぬ勇気ある男が、その牛を担いで群衆の中に突っ込んでいくというものだ。祭りで集まった人々は、自分の真横で爆竹が火を噴いたらたまらない。目に入れば失明だってする。だから人々は必死で逃げまどいながらも、一種のパニック状態を楽しむ。
 その様子は、スペインで行われる「牛追い(エンシエロ)」の祭りを彷彿させるものである。たぶん16世紀にメキシコがスペインに占領された際に、この牛追いの祭りもスペインから入ってきたのだろう。
 移入ものの宿命で、時を経て今や、母国での牛追いはメキシコでは張りぼての牛に変わり、牛に踏み潰されるスリルは爆竹や花火の火傷にすりかわっている。スペインの牛追い祭りは今でも死人が出るほどのものだが、メキシコではそこまではやらない。本場を知ってる人には少しばかり「チャッチク」写るかも知れない。
 とはいえ、このトリートは街の人たちに愛されており、祭りの日、教会の横に並んでいる張りぼての牛を見た子供たちは「今日はトリートだ!」と喜び、いつの日か自分もその牛を担ぎ、群衆をキャーキャーと叫ばせることを夢みる。
 ここで、なぜ絵のタイトルを「トリート」とはせずに「スペインの祭り」としたかを説明したい。
現代のメキシコでは、このトリートと同じようにスペインから移入され、彼らの手によって「メキシコ仕様」になっているものが多い。まずキリスト教がそうだし、民族舞踊だってその原型にフラメンコを見る。街を歩いていても家のつくりやレストランのメニューが、スペインを語っている。それでは、スペインが入ってくる以前のメキシコはどこにあるのだろう、と探してみると、それはマヤやアステカの遺跡のように形骸化しているものもあるし、トウモロコシやトウガラシ(チレ)の料理だったりと、今だに生活の中で息づいているのもある。
 翻って、わが国を見直してみてはどうであろう。これは全くもって移入文化の世界ではないだろうか。縄文時代に朝鮮半島や南洋からカヌーでやってきた人々が、稲作の弥生時代をつくり、聖徳太子の仏教伝来で朝鮮や中国の文化がわが国で花開く。そして現代では、アメリカの統治下ともいえるほど音楽、経済、人の思考までアメリカンナイズされており、まったく複雑である。もちろん「文化とはそういうものだ」とも言えるが、メキシコには世界に誇れる独自の文化があったのだ。
 そのことを大切にしてもらいたくて、あえて移入もののトリートに「スペインの祭り」と題した。

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