メヒコの春

              #  油彩 キャンバス ミクストミディア  664mm×850mm

 季節というのは国によって趣の違うものだ。メキシコの春も日本とはずいぶん違う。だいたい四季そのものが違う。メキシコは四季というより二季で、雨期と乾期で一年が過ぎる。
 6月から10月にかけては雨期。毎日夕方にはスコールというどしゃ降りが1時間ほど続き、あとはカラッと晴れ渡る。乾燥した南国の気候だ。日本の梅雨のようなシトシト雨が一日中続くことはあまりない。だから洗濯物を干していて、雨が降り出しても誰も取り込むことはしない。どんなにびしょ濡れになっても、そのあと晴れれば洗濯物もカラッとするからだ。嵐のようなスコールのなか、街中のベランダに干された色とりどりの洗濯物は、風雨にさらされて身をよじりながら、喜んでいるのか嘆いているのか。日本では見られない洗濯物の表情である。
 そして11月から5月にかけては乾期の季節。雨期にあった山の川は干上がり、ただの溝になる。水分を含んで深い緑を見せていた木々の葉も、次第に埃にまみれてカサカサとしてくる。それから4,5月の一年で一番暑い季節が来る。この季節がメキシコの春にあたる。
 花の季節ということでは日本と同じで、さまざまな花が開くのもこの時期。火焔樹やブーゲンビリヤといった南国特有の強烈な色彩の花や、桜のようにぼんやりと咲く薄紫のハカランダの木など、じつに賑やかだ。
 しかし、花が咲く4,5月というのは、乾期の最後で雨期の直前である。つまり一年で一番水のない、そして最も陽射しが強く暑い時期なのだ。山の水は枯れ水道栓からも水は出ない。人々は共同の水汲み場まで毎朝バケツを持って往復する。人間だってつらい季節なのに植物が楽なはずがない。人間以上に死活にさらされていることだろう。
 それなのにこの花の饗宴はどうであろうか。生死をかけた最後の力を振り絞って咲く、狂気に似た情熱さえ感じるではないか。火焔樹の深紅の花からは「たとえ死んでもかまわない。今ある力をすべて出しきってやる」というような、強い意志さえにじみ出ている。そして植物が力を出しきって静かに眠る頃、偉大なる自然は彼らに雨を恵むのだ。

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