赤い家

               # 油彩 キャンバス ミクストミディア  540mm×605mm

17歳のヘススはその赤い家にいた。彼は幼少のころ、貧しさのゆえこの家の叔父さん夫妻に引き取られた。「こいつは俺の姉の子供だが俺たちが引き取って育てている。今や俺の5人目の息子だ」と紹介され、内気で無口なヘススは、4人の息子たちの中で寂しげに笑っていた。
 ひょんなことから、私が飼っている犬をその家で預かってもらうことになった。旅行やメキシコシティーに買出しに行くたびに犬を連れ、トウモロコシ畑の中にある赤い家を訪れた。
 ヘススは私の犬をかわいがった。犬を連れて行くと真っ先にヘススが見つけて出迎えてくれる。そして犬にだけ聞こえるくらいの小さな声で「元気にしてたか?お腹すいてないか?」と頭をなでながら話しかけていた。餌をやるときにも、2匹いるこの家の犬に横取りされぬように、いつもヘススが見張ってくれていたようだ。
 彼はどこかで、よその家に引き取られて生活している自分と、留守の間に預けられている犬とを重ねていたのかもしれない。自分の本当の家族とは暮らせない悲しみを、私の犬と共有していたのかもしれない。
 その犬が死んでしまった。道にまかれた毒団子を食べたのだ。
 ヘススにそのことを告げるのは心苦しい。しかし、隠し通すこともできない。赤い家を訪れ、出迎えてくれたヘススに口を開いた。「私の犬は毒団子を食べて死んでしまった。もう1週間前だ」
 言葉とともに悲しみがこみ上げ、私はそれ以上しゃべれなくなった。ヘススは私の言葉を目を丸くして聞いていたかと思うと、突然くしゃくしゃの顔になり「しょうがないよ、しょうがないよ」と言う。そのかぼそく小さな声は彼の悲しみを伝えるには充分すぎた。そして私の目を見たまま、ゆがんだ顔を必死に笑顔に変えようとしていた。これ以上私を悲しませまいとしているのだ。私の犬も彼のこの優しさを知っていたのだろう。
 犬がいなくなり、この家を訪れることもなくなった。それでも時折死んだ犬を思い出すときには、トウモロコシ畑の中の赤い家もセットで浮かんでくる。そしてヘススの泣き笑いの顔を思い出し慰められる。

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